2017年2月4日土曜日

ユゴニオ弾性限界の覚え書き

 お久しぶりです。冬コミは委託での参加でしたが、盛況だったようで何よりです。
 最近は鉄からちょっと離れてずっと気になってた、終末弾道というか高速度衝撃について調べていて、ユゴニオ弾性限界についての覚書を今回は。前回のセルフシャープニングの覚書の続きみたいなものですね。

本記事は、徹甲弾の侵徹の議論で出てくるユゴニオ弾性限界について定義を紹介するものであり、まじめに衝撃波について考えるものではありません。

ユゴニオ弾性限界

ユゴニオ弾性限界(Hugoniot Elastic Limit, HEL)というのはHEAT、あるいはAPFSDSの侵徹過程を特徴づけるものとして頻繁に話される用語だと思います。HEATAPFSDSではユゴニオ弾性限界より高い圧力が生じるので、流体のように振る舞うことで侵徹が進行する、みたいな感じでしょうか?
Wikipediaを見ると「固体が塑性変形を開始し流体のように振舞う領域に入る境界線となる圧力である。」とありますが*、これは少し不思議な表現です。普通、弾が装甲に侵入する段階では、どちらかが変形するためには塑性変形する必要がありますから、侵徹の過程では塑性変形により流体のように振る舞っているはずです(低速度でも塑性変形に必要な応力を流動応力、Flow stressと呼ぶことは多々あります。)

 そうすると、ユゴニオ弾性限界を特徴づける由来はもう少し別のところにある気がしてきます。


固体中の衝撃波

 ユゴニオ弾性限界の出自は固体の変形よりはむしろ衝撃波の研究にあります**。歴史的には、ユゴニオ弾性限界の出自は気体や液体について盛んに行われていた衝撃波の研究を固体についても同様に扱おうとする試みの中にあるかと思います。衝撃波の特徴として強調したいのは、以下の図に示すように圧力の変化が衝撃波の前面で不連続に起こるという点です***

図1 衝撃波の模式図

 この点を元に、固体の変形挙動から大雑把に衝撃波が生じる条件について考えてみます。以下に、通常の応力ひずみ線図を示します。以下の式に示すように固体中の音速というのは応力ひずみ線図の各部分での傾きの平方根に比例します。
\[ c \propto \sqrt{\frac{d\sigma}{d\varepsilon}} \]
 降伏応力以下ではフックの法則が成り立つため、傾きはひずみに依存せずヤング率で与えることが出来ますが、降伏応力より高い応力がかかったところでは図のように傾きが連続的に変化するため、それぞれのひずみ量がそれぞれの速度で動くことになります。そして、この図から普通に変形させた時には変形すればするほど変形した部分の移動速度は遅くなることがわかります。

図2 通常の応力ひずみ線図

というわけで、固体を普通に変形させたときには、小さなひずみ(低圧力)が先行し、その後から大きなひずみ(高圧力)が追従するため、衝撃波が発生しないことがわかります。
しかし、普通に変形させなければ話は別です。高速度衝撃で生じる様相を以下の図に示します**。

図3 高速衝撃で生じる一軸ひずみ領域

図にあるように、このような衝突では衝突目標と衝突体の界面付近に1D srain(1軸ひずみ領域)が生じますが、この一軸ひずみ領域の変形は、先程の応力ひずみ線図の場合の一軸引張/圧縮変形とは挙動が大きく異なります。圧縮することが出来る方向が一軸に決められているため、一軸ひずみ変形では軸方向の応力の他に、非常に大きな別の応力成分が生じることが雰囲気わかります。雰囲気雰囲気。なので、その応力ひずみ線図も一軸応力の応力ひずみ線図とは異なることが雰囲気察せられます。そこで、一軸ひずみの応力ひずみ線図(のようなもの)を以下の図に示します。

図4 一軸ひずみの応力ひずみ線図

この図から、大きくひずむほど傾きが大きく、つまり塑性変形の速度は塑性変形するほど大きくなることがわかります。これは期待通りの結果であり、このような変形過程では塑性変形について衝撃波(塑性変形の遷移)が生じることがわかります。この応力ひずみ線図は基本的には熱力学の要請によって決定され、この曲線はHugoniot curve、ユゴニオ曲線と呼ばれます(ユゴニオ曲線はユゴニオ曲線であって、厳密には応力ひずみ線図とは異なりますが…)****


ユゴニオ弾性限界の見積もり

そうするとユゴニオ弾性限界は衝撃波が発生する一軸ひずみ変形が生じる場合の降伏応力と読み替えることが出来るでしょう。そうすると、HEATAPFSDSの侵徹は図3のような一軸ひずみの存在が侵徹過程を通して影響を与える速度域で進行するために、ユゴニオ弾性限界が重要になってくるのかもしれません。

最後に、フックの法則を用いて一軸ひずみの降伏応力(HEL)と一軸応力の降伏応力(Yd)の関係を示して終わります。一般化フックの式で引張成分は以下で与えられますが、

\[ \sigma_{11} = \frac{ \nu E }{( 1 + \nu )( 1- 2 \nu ) }(\varepsilon_{11}+\varepsilon_{22}+\varepsilon_{33})+ \frac{E}{1+ \nu } \varepsilon_{11} \]
\[\sigma_{22} = \frac{ \nu E }{(1+\nu) 1- 2\nu}(\varepsilon_{11}+\varepsilon_{22}+\varepsilon_{33})+ \frac{E}{1+\nu}\varepsilon_{22} \]

今回は一軸ひずみを考えているので、ε11以外はゼロとなり、書き下せば以下のようになります。(一軸応力であればσ11だけが非ゼロでその他の応力はゼロになります。vはポアソン比です。
\[ \sigma_{11} = \frac{ \nu E }{( 1 + \nu )( 1- 2 \nu ) }(\varepsilon_{11})+ \frac{E}{1+ \nu } \varepsilon_{11} \]
\[\sigma_{22} = \frac{ \nu E }{(1+\nu) (1- 2\nu)}(\varepsilon_{11}) \]
この二つの応力と、塑性変形が開始する条件を主応力の差が一軸引っ張りの降伏応力と一致する時(トレスカの条件)とすると、一軸ひずみ変形の降伏条件を以下のように得ることが出来ます。
\[\sigma_{11} - \sigma_{22} = Y \]
\[ \sigma_{11}-\sigma_{22} = \frac{E}{1+\nu } \varepsilon_{11} = \frac{1-2\nu}{1-\nu}\sigma_{11}=Y \]
一軸ひずみ変形の降伏応力をHELとおくと、HELは一軸応力の降伏応力の(1-v)/(1-2v)倍となることがわかります。
\[ \mathrm{HEL} = \frac{1-\nu}{1-2\nu}Y \]
ここから、一軸応力での降伏応力がわかればHELは自然とわかり、その逆もそうなります。
まぁユゴニオ弾性限界という語句自体が意味するところはこれくらいで、ここからダイレクトに侵徹にどうこう、と持っていくのはすこし間にギャップがあるような気がします。HEATAPFSDSでよく言われる式として材料の強度を考慮に入れた修正ベルヌーイの式?がありますが、これはHELが条件というよりはむしろ、弾芯がエロージョンを起こしながら侵徹することが条件になってるような気がします。HELは超えているがエロージョンが起きないような状況は普通に起こり得て、以下の図にアルミ合金にタングステンを500 m/sで衝突させたときの応力の時間変化を計算した結果を示しますが**

図4 WプレートをAlプレートに500m/sで衝突させたときの長軸方向の圧力変化

このようなエロージョンが問題にならない場合でも応力はHELを大きく上回ることがわかります。なので、HELだけがHEATAPFSDSを特徴づけると言われるとなんだか不思議な気分になるなぁと思った話でした。

まぁ自分はこの辺全然詳しくないので間違ってたらスミマセン。

*ユゴニオ弾性限界 – Wikipedia
** PJ Hazell: Armour: Materials, Theory, and Design, (2015), CRC Press
***衝撃波 – Wikipedia
****:ユゴニオ曲線はP-V線図なのにどうなったら応力ひずみ線図になるんだ、という点は、横軸を(V0-V)/V0ln(V0/V)とすると一応応力ひずみ線図として示せるかな、と思ってます。

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